かつて小さな命が簡単に捨てられていた国有林がありました。そのすぐそばで、保護猫、保護犬を通して人や社会の様々な面を見ながら育った少女時代。獣医を志した大学で、命の価値観を同じくするパートナーと出会い、結婚。就職し、都会の動物病院で研鑽を積んだ20代。そして30代にさしかかるころ、有希さんにある出会いが訪れます。【前編を読む】
猫のために一生懸命な人たち

ー 2003年8月、旦那さんである院長先生の実家の一部を改装し、しらさぎ動物病院を開業した有希さんご夫妻。2019年現在16年目を迎えました。
常安:しらさぎ動物病院のコンセプトは「やさしい診察」です。小さな動物の命をたいせつにする人たちの力になりたいという気持ちは、開院当初から変わりません。特に院長は患者さんのお話をよく聞くので、おじいさんおばあさんに人気です(笑)。
開業以来、地域で猫助けをするボランティアさんとの様々な出会いに恵まれてきました。そして私はようやく、思う存分、猫好きを前面に押し出せたのです。

常安:地域の猫ボランティアさんたちは本当に一生懸命、猫のことに奔走されています。たとえば、勤務先の近所で猫を捕獲し、帰宅の通勤電車でしらさぎに連れてきて、不妊去勢手術をして、また中央線に乗って、捕獲現場に戻す。仕事終わりに、そんな活動をされている方もいます。
私はずっと、命のために一生懸命な方たちの役に少しでもたてたらという想いで獣医の仕事をやってきました。
そういう方たちから、引っ越しの時に、「しらさぎの1km圏内で通いたいんだけど、物件がなかなか見つからないのよ」と言われるとうれしくなります。

誰よりも分厚い診療カルテ

ー その中の一人に、その人がいた。
常安:個人の猫ボランティアで、ブログで活動を発信されていました。ペットショップに立ち入って“ここはダメ”、とはっきり言うような、猫ボランティア仲間では有名な活動家だったんですよ。猫を助けては里親を見つけて……。2011年の東日本大震災の時も福島に入られていました。その方のカルテは、本当に誰よりも、分厚いカルテでした。
—純情子猫物語のKAZUさんだーー。
常安:分厚いカルテは、それだけたくさんの猫を助けてきたということの証でした。その方が、東日本大震災の年に白血病で亡くなられたんです。

常安:その時に私は、「やらなきゃいけない」気がしたんです。すぐにKAZUさんの活動をお手伝いしていたMさんに相談しました。「私、KAZUさんのようなことをやりたいんです」と。
Mさんもすぐに返事をくれました。「じゃあ、猫を取りに行くのは僕がやるから、それ以外をお願いね」。新たな展開の始まりでした。

KAZUさんのバトン

ー有希さんの胸で眠っていた想いが目覚め、動き出します。
常安:ちょうど子育てがひと段落した時期でもありました。初めの数年は全ての猫をMさんが連れてきてくれました。夜7時にご自身の仕事を終えてから茨城に向かい、「こんな猫がいるけど、そっちに着くの11時、夜中になっちゃうけどいい?」「そんなの全然いい!」なんてやり取りをしていましたね。
仕事と子育てを掛け持ちしながら保護猫活動が始められたのは、本当にMさんのおかげです。

ーそんな日々の最中、2013年に「しらさぎカフェ」がオープンします。
常安:それ以前も、地域の猫ボランティアさんたちの里親募集のお手伝いをしてはいたんです。ママさんたちがおうちで育てた乳飲み子たちの、里親募集のチラシを病院の受付に置いてあげるといった具合に。そうしてお家を見つけた子もたくさんいました。そこにMさんとの活動が始まって。
時を同じくして、保護猫カフェをやりたいな、という思いが私の中に芽生えていました。珈琲好きの院長と、江古田の「まちのパーラー」に行った時にひらめいたんです。そこは保育園の隣に併設された素敵なパーラーでした。こういう形で私たちも動物病院の横にカフェを開いたらどうかな?! と。

カフェにデビューしない命の話

ー しらさぎカフェの猫たちは、KAZUさんのルートを引き継いで浦和キャッツさんとの連携でお預かりしています。
常安:大きな団体に聞こえますが、お一人でやられているんです。生前、KAZUさんからいつもお話を聞いていました。
浦和キャッツさんは、茨城の動物愛護センターから引き出す、猫部門の団体登録資格をお持ちです。もともと違う動物病院にかかられていたのを、KAZUさんが亡くなり私がMさんと活動を始めてから、しらさぎ動物病院に通ってくださるようになりました。今も浦和から週に数回来られています。

—しらさぎカフェは、保護猫カフェとしては在籍している猫の数は少ないけれど、背景には命をとりまく様々な実情があります。
常安:カフェのオープンから6年間で90匹ほどを里子に出しました。悩ましいのは、猫エイズ、白血病、FIPといった病気の子がいると、里親募集のサイクルが滞ってしまうことです。
“ミント”という子は里親募集をしている間にFIPを発症し、2カ月程治療しましたが病院で息を引き取りました。“きなこ”という子は白血病ウイルスが陽性で里親募集ができず、両親に預かってもらいましたが、2年ほどで亡くなりました。
しらさぎカフェでは猫の収容数が少ないため里親募集ができない子が集まってしまうと活動を続けられなくなってしまいます。やむを得ずボランティアさんに引き受けてもらったこともありますが、とても心苦しく解決が難しい問題の一つです。

常安:私たちの病院では、なるべく健康な猫をお渡しするために猫エイズ、白血病ウイルスは保護している間に検査をしています。しかし、残念ながら100%の診断ではありません。ウイルスにかかってすぐで判別ができない場合や、事前に診断できないFIPのような病気もあるからです。さらに、感染症に限らず、先天的な内臓の疾患や遺伝病が後から見つかることもあります。
つまり、猫を引き取ってから治らない病気を発症するということが、残念ながら起こり得てしまうのです。これは保護猫に限らずペットショップで購入しても同じことが言えます。もしそういう子に当たってしまった場合も、それを縁だと思って終生大事に飼養してもらいたいのです。
両親に引き取ってもらった“きなこ”は白血病ウイルス陽性だったので長生きできないのはわかっていましたが、とても面白い性格の猫で、亡くなるまでの2年間たくさん愛されて過ごしました。短い寿命でもちゃんとそれに向き合って飼えば、お互い幸せになれるいい例だなと思いました。


ゴールゼロ、同志との出会い

ー 新しいことを始めた有希さんに、新しい仲間との繋がりが待っていました 。
常安:しらさぎカフェを開いた時に、言葉には出さなかったけれど、同じようなことをしている友達がほしいという気持ちがありました。そんな折に、獣医師が中心になって保護猫の不妊去勢手術やTNR活動を行なっているNPOゴールゼロからDMが届いたんです。
これだ! と感じて出かけたセミナーでは、それぞれの地域で猫を救っている先生方の話に、深く共感しました。moco動物病院の斎藤先生、はな動物病院の太田先生、それにボランティアさん。正に自分と同じ気持ちの人ばかりでした。

って、たくさんたくさん、話をしました。練馬猫の会さん、ベテランのミルクボランティアさん、杉並区や中野区の動物愛護推進委員の方、獣医さんもいました」(常安)
常安:ゴールゼロの方たちは本当に熱心です。 TNR活動や、高齢者ホームへの慰問など、同じ悩みを共有しながら活動しています。その中で、主に私は「いのちの授業」という小学校の出前授業に携わっています。
動物を触れない子に、どうしたら触ってもらえるんだろう、小さな命をかわいがる気持ちはどうしたら生まれるのか、と考えながら活動しています。動物をかわいがる気持ちを育てることで、自分より弱い立場の人たちに優しく接する気持ちを、感じてもらいたいのです。
生きていると、自分の意志だけではどうしようもない、うまくいかないこともある。子どもの頃に動物と付き合うことには、人生の現実を乗り越えていく貴重な学びがあると考えています。次世代の教育に携わるという意味も含めて、ゴールゼロと命の授業はこれからも続けていきたいですね。

正しい飼い方って何だ?

ー命に向き合う有希先生だからこそのテーマに胸が熱くなります。
常安:SNSなどでは、飼い猫がガンになった時に抗ガン治療をしないと“いい飼い主”ではないみたいな話題があります。でも、それは違うと思うんです。
何もしなくても、寄り添ってあげるだけでいい子もいるはずです。向き合い方は様々で、他人が口を出せることではないのではないでしょうか。
日々の治療に、お金や時間をかけられない飼い主さんがいらっしゃいます。それぞれの死生観がありますが、抗ガン治療をさせてあげられない、「自分は悪い飼い主だ」と責める飼い主さんがかわいそうで。「しなくてもいいんだよ」と伝えたいです。 選択肢は色々な形があっていいと思うのです。それが悪いほうに飛びぬけてさえいなければ。

—譲渡条件についても、「正しさ」にまつわる有希さんなりの考え方がある。
常安:家を見るとか、収入を聞くとか、仕事を聞くとか、どこまで踏み込むのかという疑問はずっとあって。それをしてない自分は悪いのかな? と思った時期もありました。でも、他所で譲ってもらえなかったと泣いてこられる方もいるんです。「私の何がいけないの?」って。
私だって、健康のためいいご飯を食べてほしいし、室内で飼ってほしいです。こんな飼い方をしてほしい、こんな治療をしてほしい、いっぱいあります。
けれど、全部押し付けることはできないと思うのです。人間の子どもの教育と同じかもしれません。塾に入れるお母さんがえらいわけではなくて、有名校にいけば、東大にいけばいいというわけでもなく、それぞれの人生、それぞれの子育てがあっていいと思うのです。それは猫に対しても同じことが言えるのではないでしょうか。

MESSAGE〜命の値段
常安:私にはそもそも命に値段をつける意味がわかりません。苦しいです、ペットショップに行くと。魚でもカブトムシでも、なんでも値段が違い、人気になると値段が上がる。そういうのをおかしいと感じない心は、どうなのかなと思います。
でもある時、命の授業を聞いてくれた子たちが、道で倒れている猫を見つけて、ダーッ!と病院に駆け込んで来たんです。「ねぇねぇ! 猫が倒れているんだけど助けて!」と。2人が走ってきて、あとの2人が猫のそばで待っていました。いつも道の真ん中で石ころを蹴って遊んでは、車に注意されているようなヤンチャな子たちですよ。その猫は亡くなってしまいましたが、その時の彼らの気持ち、それがとても大事だと思うのです。

DATA
里親募集型ねこカフェ しらさぎカフェ|鷺ノ宮
営業 10:00〜12:00
休み 毎週水・木、ほかに臨時休業もあり ※詳しくはホームページにて
入場料 なし。通常のカフェのようにドリンクメニューより注文
アクセス 西武新宿線「鷺ノ宮」駅より徒歩9分、JR「阿佐ヶ谷」駅より関東バス01系統「中村橋」行きに乗車、「しらさぎ二丁目」下車徒歩3分

caTravan diary | 編集後記
先に公開した前編を読んだ友人が、「読んでいて目を覆いたくなるような部分があった。(こんなテーマを扱う)あなたの心が心配になった」と感想を聞かせてくれました。猫が大好き、から獣医となり、冷静さを保ちながら命と向き合い続けるということが、どれほど尊いことなのか痛感しています。記事を書きながら何度も何度も込み上げてくるものがありました。病気の子に家族として寄り添う多くの人たちの心に、有希さんという人の存在、言葉がどうか、届きますように。(Mya~no)

インタビュー中には、有希先生の獣医師として、そして母としての部分も垣間見ることができた。昨今のSNSやネット上にある”正しさ”に胸を痛め、飼い主に寄り添い診療を志している獣医師。これからを担うこども達にいのちを大切にすることの尊さを、今後も伝えていきたいという姿は、母親を思わせた。どの面からも、いのちについて常日頃から深く関わっているからこその想いを感じることができた。その根底は、私たちとおなじく、ただ猫が好き、に尽きるのではないでしょうか。(Tomom!)

取材:2019年5月
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