宿木カフェ&レストラン 代表・吉永由美さん|谷中

日が暮れるまで遊んでいられる楽しい里、という名を持つ街、日暮里。夕焼けだんだんの下には、下町情緒あふれる商店街が目の前に広がります。谷中ぎんざ商店街をしばらく歩いて、ほんの少し裏路地にはいれば、今回の目的地に。2018年8月31日にオープンしたばかりの「宿木カフェ&レストラン(以下宿木カフェ)」のオーナー吉永由美さん、パートナーのMASSIMO PETENO(マッシモ ペテノ)さんにお話をうかがいました。

自分の持っているすべをフル活用して

ー定休日であるにもかかわらず、さわやかな笑顔で迎えてくださったご夫婦。とにかく接客が大好き、という朗らかな雰囲気の吉永さんと、お茶目に猫たちと触れ合うマッシモさん。

入場料ではなく、1ドリンク1フードで食事をしながら保護猫たちとゆっくり触れ合える、そんな新しい業態のカフェ&レストラン。なぜ谷中という場所を選んだのでしょうか?

吉永:この宿木カフェの構想を練り始めてから、谷中以外の選択肢はありませんでした。猫好きがあつまる街、猫を愛している人が大勢いる街。実際、ここの店舗を貸してくださったオーナーさんも猫好きで、売り物件だったこの場所を、貸し物件にしてくれました。

店頭にある植物は近隣の方からの頂きもの。「よく気にかけてくださって、本当に優しい街です」(吉永)

―10代のころから飲食店で働いていて、ずっと自分の店を持つことが夢だったという吉永さん。宿木カフェを立ち上げるきっかけについて聞いてみました。

吉永:具体的に考え始めたのはマッシモと出会ってから、この2、3年です。きっかけといえばイタリアに滞在していたとき、彼の実家で飼っていた猫が亡くなって、義両親がペットロスになったことです。一緒にイタリアの保護猫シェルターに通ううちに、自分たちにもなにかできるのではないかと考えました。学生時代、捨て猫を拾ってボランティアをした経験もあったので、自分たちの持っている接客スキルや、飲食というすべで、なにか猫に恩返しできる場所ができたら素敵だなと思いました。

吉永:行き場のない保護猫たちの居場所を継続的に守るには、飲食店として猫へおんぶにだっこにならない自立した店づくりが必要だと考えました。フードもドリンクも、妥協しない。友達や恋人や家族と、美味しい食事を楽しむだけで動物の命を救えるカフェをつくりたい、そうしてできたのが現在の形です。

イタリアのスローフードや素材そのものの味を活かした料理が堪能できる。
ワインのように食事に合わせて楽しめるイタリアのフレーバービール。夜は猫を愛でながらお酒を楽しむお客さんも多いそう。

宿木カフェ、名前に込めた想い

―”宿木カフェ”、谷中の街に溶け込むような素敵な名前にはこんな想いが込められていました。

吉永:ヤドリギとは、鳥が長距離飛行の合間に体を休めるための仮の巣としてつかわれることがあるそうです。保護猫たちもこの店で、リハビリを兼ねてひと休みしてもらって、新しい里親さんのもとに旅立つ準備をする場所、という意味を込めています。

吉永:もう一つは<クリスマスにヤドリギの下でキスをすると永遠に結ばれる>という言い伝えがあるように、人と猫が強く結びつく場所であるように、という願いも込めています。

吉永さんが想いを込めて描いた、宿木カフェロゴの原案。
お店にいる子たちはみんな、ひと息つきながら里親さんの元へ旅立つ準備をしています。
「好きな時に寝て、好きな時に甘えて。そんな猫のナチュラルな姿を見てほしい」(マッシモ)

困難なことさえも歓びにかえて

ーいちからお店を立ち上げるにあたって困難だったことは、の問いかけに、思わず笑みがこぼれます。

吉永:立ち上げに関して、色々と苦労したことはありました。資金集めの為にとにかく沢山仕事をして、毎日1.2時間寝られるか、という生活。何が困難だったかって、でも実は全部楽しかったです(笑)。いろんな難しい手続きも、物件探しも、内装工事も、その時その時、壁にぶつかっていたと思うのですが、楽しかった気持ちしかないですね。

吉永:辛いことを唯一挙げるとすれば、里親さんのもとへ送り出すことですね。喜ばしいことだと頭ではわかっていますが、やはり物言えぬ寂しさがあります。それは体験したことのない感情でした。

マッシモ:具合の悪い子がいても、自分ではどうしてあげることもできないのが辛い。ここにいる子たちはみんな自分の子供のよう。自分が代われるのなら代わってあげたかった。

当初失明の危機にあったカーロくん。今はすっかり美猫になりました。「いたずらされても、当時のことが思い出されてあまり叱れないんだ(笑)」(マッシモ)
「クラウドファンディングも背中を押してもらうかのように沢山の方からご支援を頂き、改めてこのプロジェクトに自信を持つことが出来ました。金額以上に猫と人、人と人を繋ぐとても貴重な経験になりました。」(吉永)
リターンのひとつとして用意した、木工職人のマッシモの父がオーダーで作る猫の肖像画。
「頂いた支援のお返しには1dayパスやWELCOMEドリンクなど、実際にお店に来て楽しんでもらえるものや、遠方の方でも喜んでもらえるよう、ご自宅で楽しめるイタリアのジャムやフレーバービールをご用意しました。また保護猫たちを一緒に見守って頂きたく、保護猫命名権というお返しも作りました。今いる子たちの名前は、支援してくださった方が愛情を込めて考えてくれた名前です。」(吉永)
こうしたリターンを考えたりするのも、とにかく楽しかった、と目を輝かせて話してくれました。

猫への愛情、変わらぬものを重視して

ーオープンから2か月で、3匹を里親さんの元へ送り出した宿木カフェ。お店やSNSに譲渡条件などの詳細は見当たりません。そこには紙面ではなく、言葉で伝えたいという吉永さんの信念があります。

吉永:これといった条件はありません。もちろんペット可物件である等最低限のことはあります。ですが年齢や性別、婚歴で断るということはしていません。この形態でやるメリットは、お客様や里親希望の方とゆっくり時間をかけてお話しできるところ。ご家族みなさんで、何度か足を運んでもらって、人と猫との相性を見て、その中で『絶対に幸せにするぞ!』という想いを感じとることができれば、その方に託そう、と思っています。

里親さんの元へお嫁にいったティノちゃん。「里親さんは何度も何度もティノに会うためにお店に足を運んでくださって、その度に熱心にお話をして下さり、安心して託すことができました」(吉永)

吉永: 簡単に変わってしまう環境より、猫への愛情や、その人の本質など、変わらぬものを重視していきたい。その人の愛情の深さを知るために紙面上ではなく、コミュニケーションを大切にしています。

自由な組み合わせで保護猫と人を繋ぐ

―自分のお店を持つという、ひとつの夢を実現した吉永さんですが、今後はどういったビジョンを打ち出していくのでしょうか。

吉永:店舗展開をしていきたいです。例えばもう1店舗お店があったらより救える命が増えますよね。そういった場所を増やすことが必要だと思っています。それは飲食に限らず、例えばパソコン教室だったり、塾だったり、オーダーメイドの洋服屋さんだったり、いろんな組み合わせで保護猫シェルター併設はできると思います。

自分の持っているスキルを発揮して新しい事に挑戦したい人と、保護活動を掛け合わせる事で、人と動物の新しい関係を築いでいきたい。そして、本当のゴールとしては、こうしたお店に保護猫がいなくなるような社会になるのがいいかな。それが目標です。

月曜日の定休日にはイベントを積極的に組み込んでいきたい、と話す。貸切利用OK。

MESSAGE〜猫に寄り添う覚悟の先に

宿木カフェ吉永さんから、保護猫のために力になりたいという人へ

吉永:直接の保護活動や募金以外にも保護動物のためにできる事は沢山あります。SNSで情報を拡散したり、”猫カフェ”ではなく、”保護猫カフェ”で猫に癒されることも支援のひとつです。ほんの少しの意識や行動の変化が大きな力になります。猫を迎える事を検討しているのであれば、ペットショップではなく、譲渡会やシェルターに行ってみてください。

猫は20年の時代。元気いっぱいな子供時代もあれば、年を重ねていくと可愛い楽しいだけではない、辛い出来事もたくさん待っているかもしれません。新しい家族を迎えるにはその全てを受け止める覚悟が必要です。でもその覚悟の先には言葉では言い表せないほどの幸せな日々が。猫を迎えたいという方がいたら、その幸せを是非知ってほしい。どんな困難もかけがえのない幸せになりますよ。

DATA

宿木カフェ&レストラン|谷中
Twitter @Yadorigi_Cafe * Instagram @yadorigi_caferestaurant
営業 9:00~21:00 ※月曜定休(2018年11月現在)
利用料 入場料なし。お一人様1ドリンクと1フードのご協力をお願いします
アクセス 日暮里駅 西口徒歩7分
所在地 東京都台東区谷中3丁目15−1

caTravan diary|編集後記

常連さんはもちろん、初めて訪れる人にも積極的にコミュニケーションをとる由美さん。大切なことは言葉で伝えたい、という彼女の熱い想いを肌で感じることができます。伝えることの大切さ、通じ合うことの豊かさを知っているからなのだと思います。まだ日本語は勉強中のマッシモは、笑顔でみんなを和やかにする力を持っています。
ふたりの出会いが宿木カフェを生み、この場所で猫と人との出会いが誕生し、やがて大きなヤドリギになっていく。そんな姿を想像して、あたたかい気持ちに包まれています。(Tomom!)

この夏、伝染性ウイルスによる子猫の死亡事故で物議を呼んだ猫カフェチェーンに対し、マッシモさんは「許せない」と強い口調で繰り返しました。「最も困難だったことは、子猫の看病」との答えも彼らしく、Tomom!の原稿にもその熱量がじんわり溶けているのを感じていただけたかと思います。一方で、20代から起業の意思をもち続け、30歳で自分たちらしい1つ目の場所を作り上げた由美さん。優しさと勇気、二人が織りなす絶妙なパートナーシップが、これからどんな素敵な場を生み出していくのか。猫を通してまた純粋な人たちにお会いできたことに感謝を……! そして、心から応援しています。(Mya~no)

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